●あらすじ…
長らく意識不明だった日ノ本くんだが、一昨日とうとう呼吸も停止した。
もはや二度と意識を取り戻すことは無いであろう日ノ本くん。
だがしかし、それでも両親は延命措置を望んだ。
彼がこの世からいなくなってしまうという事を受け入れられなかったのだ…。
第五章
『春の日の日だまりとそこに潜む影』
もうそろそろ春だろうか?
まだかな。
日ノ本くんは季節の区切り目について考えるのが好きだ。
もう日中はすっかり暖かい。
最近、天気がいい日は外で昼食を食べる日ノ本くん。
コンビニでパンと缶コーヒーを買って、巨大なオフィスビルの中庭に作られた小さな川沿いのベンチに腰掛けた。
日当たりのいい中庭のこのベンチは日ノ本くんのお気に入り。
このベンチには灰皿も備え付けられている。
日陰はまだ寒いけど日が当たっていると丁度いいくらいの気温。
たまに強い風が吹くのも春らしくて心地よい気分にさせる。
そいつは悪魔の気配を感じない、こんな穏やかな日にふと現れる。
「ああ、今日はあったかいなぁ。」
(…アッタカイネェ)
「気持ちいいなぁ。」
(…キモチイイネェ)
「うちに帰りてえ…」
(…カエリタイネェ)
「ツーカ、モウ、メンドクセエナァ…」
(ああ、めんどくせえ)
「ハァ〜、シニテェ…」
(死にてえ…あれ?)
「ア〜、モウキョウハムリ。ウチニカエロ…」
(おい、ちょっと…)
ここでヌメヌメの登場。
※ヌメヌメ…実態を持たない自堕落な悪魔。
隙をついて日ノ本くんの体を乗っ取り、好き勝手をする。
いつの間にかヌメヌメに主導権を握られた状態の日ノ本くんは半分残ったパンを口に押し込み、コーヒーで流し込んだ。
すっと立ち上がり早足で真っ直ぐ事務所へ向かう。
(おいおい、ちょっとちょっと、どうする気?)
「アノ〜、チョットフクツウガジンジョウジャナイコトニナッテキマシテ…」
(ああ、ばかばかやめろやめろ)
「モウシワケナインデスケド、キョウハソウタイサセテイタダケマセンデショウカ?」
(あ…)
ヌメヌメ状態の日ノ本くんはテキパキと帰り支度をすませ颯爽と事務所をあとにする。
(ああ…)
バイクのエンジンをかける。
走り出すと風がとても気持ちいい。
「ウ〜ン、イイテンキダ。カエリニブックオフヨッテコ。ア、ソウ…だ、醤油切らしてたんだ」
(ソウダネ、ショウユカッテカナイトネ…)
ブックオフで本を選んでいると、ふと自己嫌悪が頭をよぎる。
今月はこれで何度目の腹痛だろうか。
どんだけ胃腸が弱いやつだ。
いや、もう誰も腹痛だなんて信じてないだろう。
「あ〜あ、またやっちゃった…まあいっか。」
(ウン。マア、イイトオモウヨ…)
「…おまえが言うな。」
少し落ち込んだ気持ちでブックオフをでる。
だが、バイクで走り出すととても気持ちよくてそんな自己嫌悪も忘れてしまう。
『今日はほんとにいい天気だったなあ』
なんて思いながら、日ノ本くんは今日も昼過ぎに家に帰るのだった。
日ノ本くんは今日も13体の悪魔と暮らす。
日ノ本くんはそういう病気なんだ。